2026年10月1日から、改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント(以下カスハラ)への対策が事業主の義務になりました。厚生労働省の資料では、カスハラを起こす「顧客等」に福祉施設の利用者も含まれると明記されており、介護事業所も対象です。
求められるのは、方針の明確化、相談窓口の設置、発生後の対応、相談者の保護など10の措置です。ただ、ポスターを貼るだけでは職員は守られません。介護では、認知症などの症状による言動や、ご家族の正当な苦情と、カスハラとを分けて判断する必要があります。
この記事では、義務化の中身を確認したうえで、介護事業所が職員の定着につなげるための体制づくりと、求人・面接での伝え方を整理します。
カスハラ対策の義務化とは(2026年10月1日施行)
厚生労働省のリーフレットでは、職場のカスハラを次の3つの要素をすべて満たすものと定義しています(厚生労働省「令和8年10月1日からハラスメント対策が強化されます!」)。
- 職場で行われる、顧客等の言動であること
- 業務の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること
- その言動によって、労働者の就業環境が害されること
「顧客等」には、顧客や取引先のほか、駅・病院・学校・福祉施設などの施設の利用者、事業に関係する人が含まれます。電話やSNSなど、インターネット上の言動も対象です。介護事業所でいえば、利用者本人だけでなく、ご家族や関係者からの言動も検討の対象になります。
社会通念上の範囲を超える例として、リーフレットは次のようなものを挙げています。
- 要求の内容が行き過ぎているもの:理由のない要求、契約で想定しているサービスを著しく超える要求、対応が著しく困難な要求、不当な損害賠償要求
- 手段や態様が行き過ぎているもの:暴行などの身体的な攻撃、脅迫・侮辱・暴言・土下座の強要などの精神的な攻撃、威圧的な言動、継続的・執拗な言動、不退去や居座りなどの拘束的な言動
具体的な措置の内容は、指針(令和8年厚生労働省告示第51号)で定められています(厚生労働省 改正労働施策総合推進法等のページ)。
介護の運営基準との関係
介護分野では、令和3年度の介護報酬改定で、職場のハラスメント(パワハラ・セクハラ)対策がすでに全事業者に義務づけられています。一方、厚生労働省老健局の「介護現場におけるハラスメント対策」のページでは、カスハラについて「防止のための方針の明確化等の必要な措置を講じることを推奨」と書かれています(厚生労働省「介護現場におけるハラスメント対策」)。
このページは令和3年度改定の時点の書き方です。2026年10月1日からは、法律によってカスハラ対策も義務になった、と理解しておくのが確実です。
事業主が講ずべき10の措置
リーフレットに示された措置を、介護事業所での具体例と合わせて整理します。右の列は、介護事業所での実施例として編集部が補ったものです。
| 区分 | 講ずべき |
介護事業所での |
|---|---|---|
| 方針の明確化と周知 | ①カスハラには毅然と対応し、労働者を保護する方針を明確にし、周知する | 運営方針や重要事項説明とあわせて職員・利用者側に示す |
| 方針の明確化と周知 | ②カスハラの内容と、あらかじめ定めた対処の内容を周知する | 「一人で対応させない」「管理者へ報告」などの手順を入職時研修で説明 |
| 相談体制 | ③相談窓口を定め、周知する | 管理者以外にも相談できる窓口を決める |
| 相談体制 | ④窓口担当者が適切に対応できるようにする | 担当者が対応手順と記録様式を理解しておく |
| 事後の対応 | ⑤事実関係を迅速・正確に確認する | 記録・申し送り・同行者の話を確認 |
| 事後の対応 | ⑥被害者への配慮の措置を行う | 担当の変更、休息、面談 |
| 事後の対応 | ⑦再発防止の措置を講じる | 訪問体制や説明方法、契約内容の見直し |
| 抑止のための措置 | ⑧特に悪質なカスハラへの対処方針を定め、周知し、体制を整える | 警察・関係機関への連絡基準、サービス継続の判断手順 |
| あわせて講ずべき措置 | ⑨相談者等のプライバシーを守る措置を講じ、周知する | 相談記録の保管と閲覧範囲を決める |
| あわせて講ずべき措置 | ⑩相談したことを理由に不利益な取扱いをしないことを定め、周知する | 就業規則や相談窓口の案内に明記 |
②の「あらかじめ定めた対処の内容」の例として、リーフレットは「可能な限り労働者を一人で対応させない」「犯罪に該当し得る言動は警察へ通報する」などを挙げています。訪問介護のように職員が一人で利用者宅を訪れるサービスでは、とくに具体化が必要な部分です。
同じ日に、求職者へのセクハラ防止も義務に
2026年10月1日からは、改正男女雇用機会均等法により、求職者等へのセクシュアルハラスメントを防ぐ措置も義務になりました。対象には採用面接、説明会、職員訪問、実習などが含まれ、オンラインでのやりとりも対象です(厚生労働省リーフレット)。
講ずべき措置には「求職活動等に関するルール」を決めて周知することが含まれ、例として面談の時間・場所の指定や、やりとりに使うSNSの指定が挙がっています。面接や職場見学を行う介護事業所は、カスハラ対策と同時に見直しておきましょう。
介護現場で判断が難しい「線引き」
介護事業所でカスハラ対策を進めるとき、多くの事業所が迷うのが線引きです。ヨビコム介護の支援担当は、次の2点を分けて考えるよう事業所に伝えています。
認知症などの症状による言動と、カスハラは同じではない
利用者の暴言や拒否が、認知症などの症状やケアの状況から生じている場合があります。これを一律にカスハラとして扱うのではなく、専門職としてケアの方法を見直す対象として判断します。そのうえで、職員の安全確保と組織での対応は、症状によるものかどうかにかかわらず必要です。
リーフレットも、対策を講じる際には消費者の権利や、障害者差別解消法の不当な差別的取扱いの禁止・合理的配慮の提供義務に留意する必要があるとしています。
ご家族の正当な苦情と、社会通念を超える要求を分ける
ご家族からの要望や苦情の多くは、サービス改善につながる正当なものです。問題になるのは、威圧的な要求、長時間の拘束、暴言や人格の否定、夜間の過剰な連絡、職員個人への不当な謝罪要求などです。
支援の現場でよく見かける失敗は、両極端です。「利用者はお客様だから我慢して」と現場任せにするケースと、逆に正当な苦情まで一律にカスハラ扱いするケースです。どちらも職員と利用者側の信頼を損ないます。判断に迷う場合は、一人の職員ではなく、管理者を含む複数名で対応方針を決める仕組みにしておくことが大切です。
介護現場向けには、老健局が「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」や研修の手引き、事例集を公開しています。線引きの検討や研修の材料として使えます。
カスハラ対策が職員の定着に関わる理由
カスハラ対策は法令対応であると同時に、職員の定着にも関わります。公益財団法人介護労働安定センターの「令和7年度介護労働実態調査」から、関連する数値を確認します(令和7年度介護労働実態調査 結果のポイント)。
- 直前の仕事が介護関係だった人のうち、その仕事を辞めた理由に「カスタマー・ハラスメントがあったため」を挙げた人は3.3%(n=6,163、複数回答)
- 辞めた理由が「事業理念や運営のあり方への不満」だった人のうち、具体的な内容として「利用者や家族からのカスタマー・ハラスメントから守る取り組みをしてくれなかった」を挙げた人は8.2%(n=1,297、複数回答)
- 勤務先で「利用者やその家族からのカスタマーハラスメントから守る取り組み」が行われていると答えた労働者は29.6%。そのうち38.6%が「働き続けることに役立っている」と回答(n=20,675)
- 事業所調査では、この取り組みを行っている事業所は40.8%。そのうち27.4%が「職場定着に効果があった」と回答(n=8,899)
退職理由として直接挙がる割合は大きくありません。一方で、取り組みが行われている職場では、その4割近くが「働き続けることに役立っている」と答えています。つまり、カスハラ対策は「辞める理由をなくす」だけでなく、「この職場で働き続けられる」という安心を支える施策の一つと考えられます。
同じ調査では、人間関係を理由に直前の介護の仕事を辞めた人のうち45.8%が「上司や先輩からの指導や言動がきつかったり、パワーハラスメントがあった」を挙げています。カスハラ対応で管理者が相談者を責めてしまうと、職場内の人間関係の問題に変わりかねません。相談したことで不利益を受けない仕組み(措置⑩)が重要なのはこのためです。
後回しにしがちな実務と、体制づくりの手順
ヨビコム介護の支援担当によると、義務化への対応で後回しになりやすいのは、方針の周知、相談窓口が実際に機能するか、報告と記録、相談者の保護、ご家族からの苦情とカスハラの線引き、職員向け研修、就業規則や対応マニュアルの更新です。窓口を作っただけで報告が集まらない、という状態もよく見られます。
次の順で進めると、形だけの対応になりにくくなります。
- 現状を
把握する :過去の困難事例を、個人が特定されない形で書き出し、どの場面で起きやすいかを整理する - 方針と
対処の :「本人の安全を確保→管理者へ報告→記録を残す→組織で対応方針を判断→必要に応じて担当・訪問方法・契約対応を見直す」のように手順を一枚にまとめる流れを 決める - 相談窓口を
決める :直属の上司以外にも相談できる経路を用意し、担当者に手順と記録様式を共有する - 規程を
更新する :就業規則や対応マニュアルに、不利益取扱いの禁止とプライバシー保護を書き込む - 周知と
研修を :入職時研修と定期研修で、連絡経路と記録の方法を説明する行う - 利用者側への
説明を :契約時の説明や重要事項の案内で、職員を守る方針を伝える整える - 見直す:相談件数や対応結果を定期的に振り返り、手順を更新する
体制づくりのチェックリスト
- カスハラへの方針を文書にし、職員に周知した
- 「一人で対応させない」などの対処の内容を決め、職員に伝えた
- 直属の上司以外にも相談できる窓口を決めた
- 窓口担当者が手順と記録様式を理解している
- 相談を理由に不利益な取扱いをしないことを規程に書いた
- 相談記録の保管場所と閲覧できる人を決めた
- 特に悪質なケースへの対処方針(警察・関係機関への連絡基準など)を決めた
- 認知症などの症状による言動との判断の考え方を共有した
- 面接・見学など求職者とのやりとりのルールを決めた
求人・採用サイト・面接での伝え方
ヨビコム介護の支援担当は、「守ってもらえる職場か」は介護職や訪問スタッフの不安に直結すると考えています。方針を掲示しているとだけ書くより、窓口、上司の同行、記録・報告の方法、利用者のご家族への説明、管理者が対応に入る場面を具体的に示すほうが、求職者に伝わります。
採用サイト・求人への記載例
次は記載例です。実際の規程・窓口・運用がある場合に限って使ってください。
利用者・ご家族からの威圧的な言動などには、職員個人に対応を抱え込ませず、管理者と相談窓口が状況を確認し、複数名で対応方針を決めます。相談した職員が不利益を受けることはありません。入職時研修で連絡経路をご案内します。
求人情報は、職業安定法で虚偽の表示や誤解を生じさせる表示が禁止され、正確で最新の内容に保つことが求められています(厚生労働省「労働者の募集ルールが変わります」)。「職員を守ります」と書きながら実際の運用が伴わなければ、入職後の不信感につながり、逆効果です。
面接で聞かれたときの答え方
面接で「ハラスメントはありますか」と聞かれたときは、次のように答えるとよいと支援担当は助言しています。
ゼロとは言えませんが、起きたときは、①本人の安全を確保する、②管理者へ報告する、③記録を残す、④組織で対応方針を判断する、⑤必要に応じて担当や訪問方法、契約上の対応を見直す、という手順を決めています。
認知症などへの適切なケアと、不当な要求への組織的な対応は分けて説明します。体制がまだ整っていない場合は、「現在整備中です」と正直に伝えてください。
関連コラム:早期離職を防ぐ入職後フォロー|少人数の介護職場の体制づくり
よくある質問
ご家族からのクレームは、すべてカスハラとして扱ってよいですか?
いいえ。正当な苦情と、社会通念上許容される範囲を超える要求や言動とを区別します。厚生労働省の定義は、言動が社会通念上の範囲を超え、かつ労働者の就業環境が害されることを要件にしています。判断は職員一人に任せず、管理者を含む複数名で行いましょう。
義務化はいつからですか? 何を確認すればよいですか?
2026年10月1日からです。措置の詳細は指針(令和8年厚生労働省告示第51号)と厚生労働省のリーフレットで確認できます。就業規則の改定などは、社会保険労務士などの専門家とすり合わせながら進めると確実です。
面接でカスハラ対策について説明してもよいですか?
実際にある方針・窓口・対応の流れであれば、説明することをおすすめします。求職者にとって、困ったときの手順が分かることは安心材料になります。整備中の内容を「ある」と伝えるのは避けてください。
認知症の利用者の暴言もカスハラになりますか?
症状やケアの状況から生じている言動は、まずケアの方法を見直す対象として専門的に判断します。一律にカスハラとは扱いません。ただし、職員の安全確保と組織での対応はどちらの場合も必要です。
職員を守る体制を、採用の強みに変えるには
カスハラ対策は、整えるだけでなく、求職者に正しく伝えることで採用の場面でも生きてきます。ヨビコム介護では、求人原稿や採用サイトに職場の体制をどう書くかを含めて、介護事業所の採用を支援しています。
貴事業所の場合、どこから直すとよいか。無料採用相談で、求人原稿・媒体の使い方・応募対応を点検し、優先して見直したい項目をお伝えします。
